002・1日目“襲撃者の正体”

 
       *   *   *
 
 道の左右は高さ数フィート程は高く、いわば森の中を走る溝の様なもので、すぐに森へ駆け込める様な地形ではなかった。
森と下生えを遮蔽にして、左右それぞれ3匹のホブゴブリンが、引き絞った弓をこちらに向け、一呼吸置いて、一斉に放った。
空気を裂く迫り来る矢羽の音。
しかし、その悉くが、鎧や剣に弾かれ、地に力なく落ちていく。
 
「フアン、いくよ!」
 
 段差を物ともせず、フアンは左手の下生えへと飛び上がった。
ルシアンがそれに続いて段差を駆け上がり、こちらも遅れじと剣を抜き放ちアイウェンと共に右手へと駆け上がっていく。
そうしている間も絶えず矢を射掛けられるが、武器に鎧に弾かれ、悉く地に落ち、かすり傷1つ負わされる事もない。
しかし、この場所で両側から弓で射るとは、恐らく頭の切れる奴に指揮されているに違いない。
 
「そこよ、フアン! 《ギラロンズ・ブレッシング》」
 
 ケレブリアンの掛け声と共にケレブリアンとフアンの腕が4本に増えた。
その増えた腕で先頭のホブゴブリンを打ち倒す隣では、ルシアンも素早くホブゴブリンを斬り捨てている。
一方、アイウェンは下がりながら弓を撃つホブゴブリンに苦戦を強いられており、かくいう私も敵を率いる指揮官相手に一進一退の状態。
直線の道、左右から弓兵の挟撃…ならば次の手は……。眼の前の敵に気取られない様に、アルウェンに一瞬だけ視線を走らせると、こちらの意を心得たとアルウェンは黙って頷くと即座に位置を変える。
そうこうしている間に、各々相手を打ち倒し、残るは指揮官唯1人となった瞬間、道の先にホブゴブリンの一団が2つ現れた。
やはり、ここで伏兵を投入してきたか!
しかし、それは既に想定内。
 
「我焦がれ 誘うは焦熱への儀式 其に捧げるは炎帝の抱擁《ファイヤーボール》!」
 
 アルウェンの呪の詠唱と共に放たれた火球は現れたホブゴブリンの一団の片方に向かって飛ぶとその中心で盛大に炸裂し、全てを焼き尽した!
そして、爆炎が収まった後、そこに残ったものは、地面に倒れ伏すホブゴブリンの姿だけだった。
 
『そこのエルフ、やる様だな! 貴様はこのアスラーが自ら相手をしてくれよう!』
 
 その光景を見た両手に鮮やかに光るショートソードを構えたホブゴブリンの剣士が右手のショートソードをアルウェンに向け、何事か吼え猛る。
何を言っているのかまでは分からないが、アルウェンを見つめる眼には殺意しか読み取れない。
そして、その背後には、かなり訓練されたと思しきホブゴブリンの一団が続いている。
この数……防ぎきれるか?
 
「殺らせないよ! 《エンタングル》」
 
 ケレブリアンの掛け声と共に小屋の周囲の草が伏兵の脚を絡めとると、敵の前進を妨害し、隙を作る。
その隙にこちらに駆けつけたフアンの腕が眼の前に残っていたホブゴブリンを打ち倒した。
眼の前のホブゴブリンが倒れた瞬間、続いて眼に飛び込んできたのは、アイウェンの斬撃を受けつつも、アルウェン目掛けて突進をしかけるホブゴブリンの剣士の姿だった!
 
『どけっ! 正規兵如きに苦戦する貴様など、このアスラーの相手ではないっ!』
 
 ホブゴブリンの剣士と視線が交差する。
こちらの実力を侮っているかの様に余裕の笑みを浮かべ、ショートソードを振り上げる。
 
『殺ったっ!!』
「はっ!」
 
 相手の振り下ろされる軌道とこちらの切り払う刃の軌道が交差し―――勝利を確信したままの表情でホブゴブリンの剣士の首が飛んだ。
そのまま、剣をなぎ払い、地面に血糊を振り落とす。
 
「ヘルハウンドよ! 気をつけて、火を噴くわ!!」
 
 その声に周囲に視線を向ければ、フアンとケレブリアンは《エンタングル》に足を絡め取られたホブゴブリンの掃討に、アイウェンとルシアンとアルターリエルの二人がそれぞれ潜んでいたヘル・ハウンドの相手をしていた。
しかし、アイウェンの援護に向かおうとした途端、アルウェンの背後に新たなヘル・ハウンドが虚空から姿を現した!!
 
「敵の術師がまだいるぞ!」
 
 そう言って、アルウェンの助勢に向かおうとするが、この距離…間に合うか!?
すると、アルウェンは冷静に1ステップで後ろへと飛び退き、
 
「ルシアン、あなたは敵の術師を!!」
 
 そう一声叫んで、ポケットから取り出した何かをヘル・ハウンドに向けて放り投げた。
そして、指をパチンッと鳴らすと、ヘル・ハウンドの足下の道が、放り投げたものを中心に脂で覆われる。
脂に脚を取られたヘル・ハウンドは踏ん張りが利かず、そのまま転倒する。
《グリース》! よしっ、これでなんとか間に合う!
 
 一方、ルシアンは敵の眼前にも関わらず、瞳を閉じ、何事かを呟き、再度瞳を開くと、その瞳は真紅に染まっていた。
めまぐるしく周囲に視線を向けると、ある一点でその動きが停止する。
あれは…《シー・インヴィジビリティ》か!
 
 ルシアンはこちらに視線を向け、無言で頷くと、踵を返して何もない空間へと駆け出し、その意を受け、私もアルウェンを庇う位置へと駆け出した。
 
       *   *   *
 
 アルウェンの背後に現れたヘル・ハウンドが虚空へと姿を消すまでの間に、全ての戦いは決着していた。
フアンとケレブリアンは《エンタングル》に足を絡め取られたホブゴブリンを全ての無事掃討し、アイウェン、アルターリエルはそれぞれ相手にしていたヘル・ハウンドをアルウェンの援護もあってこちらも打ち倒していた。
敵の術師を魔力ある瞳で見つけ出したルシアンも、電撃の秘術《ショッキング・グラスプ》を注入した剣の一撃で仕留め終わっていたのだ。
 
「結局、なんだったんでしょう?」
「わからない。全て倒してしまったからな」
「詳しそうなのは消し炭と首ちょんぱになっちゃったしね」
 
 更に我々を不安にさせた事実。それは彼ら全員が高品質もしくは魔法の武具で武装し、《キュア・ライト・ウーンズ》のポーションを持っていた事だった。
そして、司祭の持っていた聖印を見てみると、竜の浮き彫りが施されている何やら禍々しい物であった。
どうやら……かの神の怒りはここまで追って来ている様だ。
 
 どこか一旦休憩するのに良い場所はないかと見渡すと、近くに先程視線の端に見えた崩れた小屋があった。
移動するとそこには無残に切り裂かれた犠牲者と思わしき5人の遺体を発見した。
身なりからすると、旅商人やその護衛と農夫の様だ。
 
「酷い…」
 
 皆が憤るのも無理もない。
旅商人の遺品を見ると、どうやら“ドレリンの渡し”へ向かっていたらしい。
流石に犠牲者をドレリンの渡しまで運ぶ事は出来なかった為、その場に簡単に埋葬した。
ハイローニアスよ、彼らを導きたまえ。